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「……全く、どいつもこいつも俺の意思関係なく話を進めやがって……」
そう独りごちると、そんな俺に司祭は屈託のない笑みを浮かべた。
「うふふ、そりゃあそうですよー。なんせ他人事ですからねぇ~」
そう言ってくつくつと笑う司祭のことを思わずぶん殴りそうになったのだが、なんとかすんでの所で止めることが出来た。俺の視界の右前方、低木の花壇の中からきらりと光るものが見えたからだ。
「あらー気づかれちゃいましたか〜。そうです、そこから神官に矢を射かけさせてたんですー」
「……」
苦々しくにらみつける。まがりなりにもこいつは司祭だ。先ほどは俺に軽く発破をかける程度だったのだろうが、司祭に手を上げようものなら周りは本気で俺を殺しに掛かってくるに違いない。いや、どっちにしろ殺されると言う事には変わりはないんだろうが。
「それより、いいんですか~?」
「いいって何が?」
「早くしないと、二本目の矢が飛んできますよー?」
間延びした司祭のかわいらしい殺害予告。俺はやるせないフラストレーションから頭をかきむしると、司祭に何も言わず背を向けた。
……と、そこで一つ、閃いたことがあった。
「……?どうかしましたか~?」
歩みの途中で振り返った俺に、司祭は不思議そうに首をかしげて問いかける。俺はそんな司祭の顔をじっと見つめた。
「あんた、たしかその年で司祭にまで上り詰めた超エリート……とかだったよな?」
「ええそうですー」
謙遜も何もなく、至ってシンプルに肯定する司祭。
――こいつの名前は、確か……シャーリーとかいう名前だったはずだ。オーラント国立神学校を最年少飛び級記録を打ち立てて早々卒業し、あっという間に神官から司祭にまで上り詰めた異端の司祭。天才少女が現れた!とか何とか、オーラントタイムズがはやし立ててたのを覚えている。まあ、オーラント王は完全実力主義を採っているから不思議なことじゃないんだが、それにしたってバケモノである事に代わりはない。
「……あんたが行きゃいーんじゃねえか?」
「というと?」
「俺よりよっぽど優秀なんだろ、魔王だって倒せるかも知れない」
「おぉ、なるほど~」
ゆっくりと頷きはした司祭が、呆れたように一つため息を漏らしながらつぶやく。
「確かに、あなたが行くよりわたしが行ったほうが、本当はいいでしょうねぇ~」
「だよな?じゃあこれは渡しとくから」
態度とは裏腹にあっさりと納得されたので、反射的に残りのクリスタル3個を手渡そうとしたのだが。
「でも、国民は『王子であり勇者となったあなたが旅立つ』ということに希望を見いだすのですよ~?」
差し出されたそれをゆっくりと首を振って拒否する司祭。……確かに正論だ。だが、何でこんなことも分からないのかと言わんばかりの態度を取られてはむかつきもする。
「それに、あなたと違ってわたしは激務続きの司祭でして~」
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、そんな追い打ちまで噛ましてくる。……どう見ても今までの所業は、忙しいはずの人間がやることじゃないよな?
「そういう訳なので、結局のところあなたが旅立つ他ないのですよ〜。なので、さっさと旅立ってくださいねー。そして何度もやられて戻ってくるといいですよ〜」
どこからか取り出したハンカチをひらひらと振りながら、司祭は司祭らしからぬ物言いで俺を送り出したのだった。


「……っくっそ……」
庭園から出て、司祭の姿が見えなくなったことを確認したあと、俺は胸の内の鬱憤を思わず口にしてしまっていた。
「ふざけんなよ……っ!!」
そう言って、俺は司祭に渡しそびれたクリスタルを放り投げようと、思い切り振りかぶる。……だが、流石に実行には移せなかった。どれだけの技術と労力がこのセーブポイントのシステムに費やされてるかわからないし、これらを壊してしまえば最悪俺一人で旅立たなければならなくなるかもしれないからな。
と、そんな俺の一連の動作に対し、なぜか植え込みの一部がガサガサっと反応していた。一応ここは城の中。そんなところに動物だろうが人だろうがいるはずもない。となれば、曲者か……?俺は思わず身構えると、観念したかのようにそこから赤髪短髪にハンチング帽をかぶった女の子が姿を表した。
「……いやぁー、まさか物を投げるフェイントで炙り出されるとは……。実はこれでも見つかったの初めてなんですよ?やりますねぇ王子。……いや、もう勇者さんとお呼びしたほうがいいんでしょうか」
「だ、誰だ!?」
「あ、これはこれは申し遅れました。私オーラントタイムズの記者、リズリットと申します。一応これ名刺です」
そう言ってリズリットと名乗った女の子が名刺を差し出してくる。……確認すると、たしかにオーラント王の認証を受けた正式な名刺だった。本当に新聞記者だったらしい。
「で、そんな新聞記者がこんな植え込みに隠れて何をやってたんだ?」
「そんなのわかりきってるじゃないですか。スクープを狙ってたんですよ」
少し屈み気味にカメラを構え、パシャパシャとシャッター音を鳴らすリズリット。
「でも、どうやら空振りだったみたいですねえ、残念です。もしあの子をパーティーに誘えてれば『あの勇者が未だ旅立たないワケは、天才少女をパーティーに加えるためだった!?』なーんていう見出しが成立したんですけれども」
「……」
その言葉に、ぴんと来るものがあった。
「……なあ、リズリットとか言ったか?」
「はい、リズリットです。リズって呼んでくれて構いません!」
「あの司祭の弱みとか弱点とか、知ってるか?あるいはどういうときに隙を見せるかとか、そういうんでもいい」
「……どうしてそんなことを聞くんです?」
首をかしげるリズに対し、俺は口の端を吊り上げた。
「お望み通りに、あいつをパーティーに加えるためだよ」
……あの司祭は、俺の境遇を他人事だと言ってのけた。なら、強制的に他人事じゃなくしてやろうじゃあないか。
「なるほど……なるほど?なるほど。……いや、勇者さんって、予想外に悪いひとなんですねぇー?」
「御託はいい、あるかないかだけ聞かせてくれ」
そう催促すると、リズはおもむろに右手を差し出してきた。
「……報酬は?」
「……え?」
「情報は黄金に等しき価値のあるものです!もしや、ただでそんな情報を貰えるとでも思ってたんですか?」
……一理はある。しかし、旅立つ際に渡された身銭は心もとない。何かないだろうかと体を弄ると、コツンと指に当たる物があった。……先程投げかけて、ポケットにしまった例のクリスタルである。
「…………それじゃあ、セーブポイントを使用できる権利とかどうだ?」
「セーブポイント、ですか?」
「そうだ。記者なんだから、ダンジョンとか敵国とか危険な場所に赴くことだってあるだろ?命の保証はあって困ることはないんじゃないか?」
そう言って俺はにやりと笑ってみせた。












  • 最終更新:2020-07-29 20:43:26

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