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「はぁ、本当に信じらんねーぞこれ。」リスタはげっそりとした顔で立ち上がる。身体からは復活の光がたなびいている。これで今日死ぬのは5回目だ。それも仕方ない。何しろ剣ひとつない身体で波いるモルーンベアを相手しているのだから。「シャーリー!早くしろ!こっち木の枝なんだぞ!湖の騎士でもあるまいし!」リスタは手に持った大振りの木の枝を振り回す。シャーリーから放たれた風魔法は、リスタの目の前のベアを数体吹き飛ばす。「ただの枝じゃないわよ〜?その昔、とある神様が謀反を恐れて刀狩りを行った時に、ただ一つ"こんなもの武器にもならんじゃろう"って言って見逃した木の枝で刺されてその神様は死んじゃったの〜。その木の枝と同じ種類の由緒ある木の枝よ〜。」その口調で言われると、どこまで本当か分からない。何しろその辺で拾ったただの木の枝だ。シャーリーと呼ばれた司祭は右手でクリスタルを保持しながら左手の杖で詠唱し魔法を放つ。でもイケないなぁ。最近は連続して大魔法を発動しすぎている。少々の息苦しさ。循環器系、呼吸器系に負荷がきている。でもそんな事、こんなヒヨッコ達には言えないわね。帰るって言いかねないし。シャーリーは覚悟を決めると、自分の杖の先をリズリットに向ける。「リズ、取引よ。私の宝物ひとつあげるから戦って。」その声からは余裕がなくなっている事を薄々リズリットも感じていた。「え、わ、私がですか?」シャーリーはうなずく。「コカトリスの巣に入らずばコーギーを得ずってことわざがあるでしょ?戦えた方がスクープも手に入るって寸法よ。」そう言って杖をリズに投げて渡す。「三つの神玉の祝福をつけた量子変換杖"マスター"よ。まずは右上の"武器合成"をタップしてみて。」リズリットは目を丸くする。「なんですと?」言われた通りに杖の上部の宝玉を触ると『武器合成』という光の文字が現れる。「使い慣れたものが一番よ。あなたのカメラにその杖をエンチャントする。合成武器の欄にあなたのカメラを移動させてみて。」「あの、シャーリーさんさっきから一体何を?」「やるのよ〜。」シャーリーがイライラしながら出来るだけ優しい声を出す。慌てて従うリズリット。これは何のチュートリアルだ?「続いて素材を選択。そう、いいわね。決定を押して。」言われるがままに操作すると杖が光りを発しながらカメラに吸い込まれていく。「成功ね。おめでとう。」なぜかドヤ顔で言い放つ司祭を訝しげに見てしまう。手に取ったカメラは見た目は全く変わっていないが、どことなく神々しく光を放っているような。いないような。リズは不思議そうにカメラは持ち上げたり逆さにしたり観察する。いや、やはり実際大きくは変わったところはない。「この合成ができるのは量子変換武器シリーズだけよ。さぁ、カメラを構えて。」リズリットはファインダーを覗く。右手の指が何かに当たる。これはダイヤル?「あ、切り替えられるのか。」炎のマーク。風のマーク。あとこれはハートのマーク?他にもいくつかあったが覚えきれない。「あなたがスクープを一瞬で撮り続けたなら、狙い過たずにシャッターが切れるはずよ。」シャーリーはそう言うと座り込む。先ほどの合成魔術にさらに力を使ってしまった。これ以上はこのルーキーの働きに賭けるしかない。「さぁ、私たちの勇者が苦戦中よ、あなたが助けてあげなさい。」リズリットは胸の高鳴りとともにファインダーを覗く。見慣れたいつもの景色。レンズの中央には十字のマーク。いつのまにか早まっていた呼吸に気が付き、息を吐いて体の中を空にしてから吸い、息を止める。大丈夫。これでいつも通りの景色、その世界はリズの世界だ。落ち着いて全てが見える気がした。リズリットはレンズ越しに観察する。王子はあんな事を言いながらも、ただの木の枝でモルーンベアとの距離をうまく調整している。この戦いの最初から即座に攻撃はシャーリーの魔法頼りと割り切って、敵を上手い具合に"寄せて"いる。あの剣捌きは稽古とかした感じじゃない。単に何かに憧れて見様見真似だったのか。私は見惚れてシャッターを切ろうとして踏みとどまる。いけないいけない。王子を撮るのはまた今度。このカメラ気をつけなくちゃ。モルーンベアの方に目を移すと、王子に襲いかかりながらも意外にも目を突かれたり歯茎を突かれたりで攻めきれずにいる。ああ、この動き。脇が弱いな。リズは感覚で察する。体温調節のために脇のウロコが薄いのかも。リズは右手のダイヤルの感触を確かめる。セレクターは「炎」、"絞り"はまずは中くらい。シャッタースピードは早めで。「脇の写真、いただきます!」カシャリ、小気味のいい音がなったと同時に一条の赤い光線が辺りを赤く照らしながら目標を貫く。「な、なんだそれ!ずるいぞリズリット!」王子は言いながら飛び退く。赤い光は直線上を焼き払いながらモルーンベアの群れの一角を吹き飛ばした。「す、すごいこれ!」感嘆すると同時に、なんてものを王子に撃つところだったんだと驚愕する。いや、でも良いか。あの人死なないし。「拡散率を抑えているのね〜。もう少し流し撃ちしてもいけるわよ〜きっと。」「なるほど。」言われて"絞り値"を設定する。少しゆるく、シャッタースピードもかなり遅めで。ファインダーを覗き込む。群れの、一番偉そうな奴がいるあたりを探す。いた。あ、王子も巻き込むけどまぁいっか。「いっくよ〜!リズリット⭐︎ビィームッ!」ノリノリの叫びとともに激しい光の奔流。それは全てをーー王子を含む全てをーー焼き尽くしながら周囲を赤く染めていく光。モルーンベア達はその天災とも取れる光景を前に顔を見合わせて我先にと逃げ出す。後方では王子の復活する音がペタンと響いた。「やるわね〜。」まるで他人事のように笑うシャーリー。リズリットはそれを見て手を振ろうとしたが身体に力が入らない。そのまま倒れ込んだ。「まぁ、素人があれだけ身体から魔力を絞り出せば当然よね〜。」こうなる事がわかっていたかのようにシャーリーはケラケラと笑う。リスタは大きくため息をついて、気絶したリズリットを見た。「羨ましいかとも思ったが、どっちが幸せかわからんなこれは。」複雑な顔をする。ひょっとするとこの司祭は他人を使い潰すペテンなのでは無いだろうかと言う考えが頭をよぎる。リスタはシャーリーを見た。見ると傷を負っている。「そう言えば、シャーリーもセーブしといた方が良いんじゃないか?」リスタのリーダーらしい指摘にシャーリーは首を振る。「セーブクリスタルは限られてるわ〜。今後どんな人が仲間になるか分からないし、私みたいにそもそも実力で死なない人間は節約するべきね〜。」そう言いながら自分に回復魔法をかける。それもそうか。ボロボロの勇者ご一行を眺めてリスタはまた、何度めかのため息をつく。それにしても、なんてものをリズに渡してしまったんだ。「絶対いつか写真撮ろうとしてミスって撃たれるだろ、アレ。」リスタは別の方面で汗を流すのだった。

  • 最終更新:2020-08-01 19:36:14

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